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シンプルドン

日常の面々をおっさんなりに楽しみます。

メジャーリーグ開幕と新ルールについて日本人として思う事

スポーツ

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 私がまだ10代だった頃、スポーツといえば野球かサッカーしかありませんでした。

 

 いや、そんな事はないんだけどほぼこのどちらかに人気が集中していたんです。子供の頃の将来の夢って【プロ野球選手】ってのが最も多かったと思います。そう30年前はね。。。

 

 そして巨人ファンか阪神ファンのどちらかというパターン・・・私は阪神のキャップをずっとかぶっていましたよ。将来の夢だってプロ野球選手でした。

 

今や時代は多様化され、時代の変化をまざまざと感じさせます。メジャーリーグで日本人が活躍する時代が来る事を予想できた人って数少なかったんじゃないでしょうか?

 

時代は、どんどん変化していく・・・そうルールさえも。

 

今季からの米メディアで報じられている【投球なしの敬遠】について私の思う所を述べようと思います。

 

【目次】

 

 

 

ルールを変えるというのはある条件を満たす必要がある

今回の新ルールはベンチからの合図で敬遠せずとも打者を歩かせるというものです。これの目的って、試合時間の短縮が目的なのだそうです。基本的にルールってこういうスポーツに関しては不変であるべきだと思うのです。

 

そうでなければ過去の記録との比較に条件がついてしまうからです。あのイチロー選手がメジャーリーグで目覚ましい活躍を見せましたが、安打数においてはメジャーリーグと日本での成績の合算と言う形では納得されない方が多いのです。日本とメジャーは違うという見方をされてしまうのです。

 

私がルールにおいて変えざるをえないと思う点は、「安全を確保できるかどうか」だと思うのです。過去のルール追加で危険球による退場宣告というルールは安全面を考慮した上で、納得がいきます。でも今回の時間短縮の為というルール変更は、個人的には腑に落ちません。

 

田中投手と前田投手はこう感じている

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「投手に関して言うならば楽になる。」「4球投げた後、打者とスイッチを入れ直して対戦する、それをしなくてよくなる。」「敬遠で緩く投げるのが苦手な投手もいる。」という言葉を残しています。

 

それに対し、敬遠球を打ちに行く打者、敬遠暴投等、「ファンにとって印象的なシーンがひとつ減るのかな」と複雑な心境も口にしています。

 

 

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「ちょっと野球の面白みが変わるかも知れない。」「敬遠はできればしたくない。むかつく時は敬遠で145キロくらい出す。日本の時はしたくない時、そういう事をしました。俺の意思じゃないよ、というのを示すために」と話しています。

 

2人とも、意見としては共通していますね。そもそも投手が自ら敬遠したいだなんて思わんでしょう。あくまでもベンチからの指示でしかありません。【敬遠した方がいいよ】なんて言う投手なんて、活躍できるとは思えませんもの。

 

かつて【世界のホームラン王】王貞治氏の年間ホームラン数を阪神のバース選手が塗り替える直前までいった事がありましたが、のきなみ敬遠という仕打ちにあいました。私は子供心ながら、なんてひどい事するんだと感じていましたし、敬遠の球を打ちにいってホームランにしたれ!って思っていました。野球というものは個人でできるもんではありませんから戦術として仕方がない部分もありますが、ファンとしては真っ向勝負して欲しいって思ってしまいますね。

 

時間短縮にそれほどの意味はあるのか

時間とか間合いって、ひとつの要素なんですよ。じゃあけん制球ってどうなんだって話になります。例えば、けん制球って何回までやっていいんでしょうね。けん制20回位やったら、それはそれで面白いと思います。審判は注意する権限ってあるんでしょうかね。けん制50回もやったら、乱闘になってしまうかもしれません。けん制球でどつきあいになる可能性さえあるという。。。

 

ちょっと極端になってしまいましたが、ルールってけっこう曖昧な部分があるんですよ。明確な基準をもうけにくい部分、暗黙の了解ってあると思うんです。審判に腹がたったら、偶然を装ってボールをぶつける事だってできるでしょうし、キャッチャーミットめがけてバットを振り下ろす事だってできます。手が滑ってバットがベンチまで飛んでくる事だってあるじゃないですか、、、そういう事です。

 

本当に時間短縮したいんだったら、ホームラン打った場合ベースランニングをやめるとか、それこそ野球は9回じゃなくて8回にすればええやんって事になってしまうんじゃないんですか?時間短縮が目的でルール改正をするというのが名目ならば他に手はあるという話です。

 

まとめ

時代の変化によってルールって変えていかなければ仕方がない部分ってあるんでしょうね、ルールは絶対的な要素ではあるけれど、不変なものではないという事ですね。審判の判断さえ絶対的ではなくなってしまった現在、スローモーション映像や拡大映像で後から本当の結果がわかってしまいます。

 

この先全て、コンピュータ管理みたいな時代がやってくるのかも知れませんね。

 

なんだか少し寂しい気持ちになるのは、私がおっさんなのだからでしょうか。私と同世代のイチロー選手、怪我をしなかった選手が現在怪我で苦しんでいます。

 

先駆者としてまだまだ現役の姿を見たい反面、もうあんまり無理しないでねって思う今日この頃です。